京都府舞鶴市にあった城。細川幽斎が籠城し、古今伝授で知られる。
歴史
田辺城は、京都府舞鶴市にあった城で、丹後国の中心の一つである。室町時代の丹後の守護所は、加佐郡の八田にあり、守護の一色氏が政務を執った。1578年に、織田信長の命で、一色義道を滅ぼし、丹後を制圧した長岡藤孝(細川幽斎)は、はじめ、宮津城を居城とした。のち、京都に近い、田辺の地を選び、新たな城を築いたとされる。
1600年の関ヶ原の戦いでは、当主の細川忠興が、石田三成らの西軍の誘いを断り、徳川家康の東軍に加わった。隠居していた幽斎は、田辺城で、西軍の1万5000ともいわれる大軍に囲まれて、籠城した。幽斎は、和歌に通じ、古今伝授を継ぐ、当代随一の文化人であった。後陽成天皇は、古今伝授が絶えることを惜しみ、勅命によって、講和が成立し、幽斎は、城を開いた。
江戸時代には、京極氏、牧野氏が入り、牧野氏が、明治まで、田辺藩主を務めた。城の建物は、明治に取り壊されたが、城門などが、一部移築されて残っている。
年表
- 1578年長岡藤孝が丹後を制圧し、のち田辺城を築く
- 1600年田辺城籠城戦。細川幽斎が、西軍の大軍に包囲される
- 1600年勅命で講和が成立し、幽斎が城を開く
歴代城主
- 1580〜1600細川幽斎(長岡藤孝)
田辺城に隠居し、西軍の大軍を相手に籠城した
- 1668〜1871牧野氏
明治まで、田辺藩主を務めた
見どころ
- 田辺城籠城戦
- 細川幽斎の古今伝授
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「田辺城 (丹後国)」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Maizuru city Tanabe Castle ac (1).jpg(Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0)





