たなべじょう

田辺城

全国の城市指定史跡近畿・京都府
田辺城
写真: Asturio Cantabrio /CC BY-SA 4.0 /Wikimedia Commons

京都府舞鶴市にあった城。細川幽斎が籠城し、古今伝授で知られる。

歴史

田辺城は、京都府舞鶴市にあった城で、丹後国の中心の一つである。室町時代の丹後の守護所は、加佐郡の八田にあり、守護の一色氏が政務を執った。1578年に、織田信長の命で、一色義道を滅ぼし、丹後を制圧した長岡藤孝(細川幽斎)は、はじめ、宮津城を居城とした。のち、京都に近い、田辺の地を選び、新たな城を築いたとされる。

1600年の関ヶ原の戦いでは、当主の細川忠興が、石田三成らの西軍の誘いを断り、徳川家康の東軍に加わった。隠居していた幽斎は、田辺城で、西軍の1万5000ともいわれる大軍に囲まれて、籠城した。幽斎は、和歌に通じ、古今伝授を継ぐ、当代随一の文化人であった。後陽成天皇は、古今伝授が絶えることを惜しみ、勅命によって、講和が成立し、幽斎は、城を開いた。

江戸時代には、京極氏、牧野氏が入り、牧野氏が、明治まで、田辺藩主を務めた。城の建物は、明治に取り壊されたが、城門などが、一部移築されて残っている。

年表

  • 1578年長岡藤孝が丹後を制圧し、のち田辺城を築く
  • 1600年田辺城籠城戦。細川幽斎が、西軍の大軍に包囲される
  • 1600年勅命で講和が成立し、幽斎が城を開く

歴代城主

  1. 1580〜1600
    細川幽斎(長岡藤孝)

    田辺城に隠居し、西軍の大軍を相手に籠城した

  2. 1668〜1871
    牧野氏

    明治まで、田辺藩主を務めた

見どころ

  • 田辺城籠城戦
  • 細川幽斎の古今伝授

地図

出典

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