京都府南丹市にあった山城。丹波守護代・内藤氏の居城。
歴史
八木城は、京都府南丹市にあった山城で、丹波の守護代、内藤氏の居城である。1333年に、足利尊氏が、丹波の篠村八幡宮で挙兵すると、これに応じた内藤顕勝が、戦功により、船井郡を与えられ、1335年に、八木に入ったのが、始まりとされる。
1392年に、細川頼元が丹波守護に任命されると、管領として在京する細川氏に代わり、内藤氏が、この城を守護所として機能させた。1451年には、細川勝元が、八木城の山麓に、龍興寺を建立した。その後、八木城は、内藤氏の守護代としての居城として、続いた。
戦国時代には、細川氏綱、三好長慶に味方し、八木城は、幾度か戦場となった。1553年9月に、落城し、城主の内藤国貞も、討ち死にした。その後、内藤氏は、明智光秀の丹波攻めを受けた。八木城は、のち、廃された。
年表
- 1335年内藤顕勝が、八木に入る
- 1392年細川頼元が丹波守護となり、内藤氏が守護所として機能させる
- 1553年八木城が落城し、内藤国貞が討ち死にする
歴代城主
- 1335〜内藤顕勝
足利尊氏に応じ、船井郡を与えられた
- 〜1553内藤国貞
守護代。落城の際に、討ち死にした
見どころ
- 山城の遺構
- 龍興寺
出典
- Wikipedia「八木城 (丹波国)」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Yagij9.jpg(投稿者が撮影 / Public domain)
