よどじょう

淀城

全国の城近畿・京都府
淀城
写真: 不明 /CC BY-SA 3.0 /Wikimedia Commons

京都府京都市伏見区にあった城。淀藩の藩庁で、鳥羽・伏見の戦いの舞台の一つ。

歴史

淀城は、京都府京都市伏見区にあった平城で、江戸時代に、淀藩の藩庁となった。豊臣秀吉が、側室の茶々(淀殿)に与えたという、淀城は、別の城(旧淀城)である。

1623年8月に、2代将軍・徳川秀忠の命で、松平定綱が、3万5000石で、淀藩に入った。城郭は、1625年にほぼ完成し、翌1626年6月には、大御所の秀忠が、8月には、征夷大将軍の徳川家光が、淀城の縄張りを調べに来城した。1633年に、松平定綱が、美濃に移封されると、永井尚政が、10万石で入り、城下町の拡張と、侍屋敷の造営が行われた。

その後、石川氏、戸田氏、1717年には、松平乗邑が6万石で入り、続く稲葉氏が、明治まで、藩主を務めた。幕末の鳥羽・伏見の戦いで、旧幕府軍は、敗れたのち、淀城に籠もろうとしたが、淀藩に拒まれた。淀城は、伏見城の廃城後、京都南方の守護の拠点として期待された城であった。

淀藩の廃藩に伴い、早くに廃城となり、巨椋池の干拓で地形が変わり、本丸の一部を除いて、ほぼ破壊された。2022年2月28日には、京都競馬場の淀寮内で、城跡が発見された。

年表

  • 1623年松平定綱が、3万5000石で、淀藩に入る
  • 1625年城郭が、ほぼ完成する
  • 1633年永井尚政が、10万石で入る
  • 1868年鳥羽・伏見の戦い。旧幕府軍が、淀城への入城を拒まれる
  • 2022年京都競馬場の敷地内で、城跡が発見される

歴代城主

  1. 1623〜1633
    松平定綱

    淀藩の初代藩主。城を築いた

  2. 1633〜1668
    永井尚政

    10万石で入り、城下町を拡張した

  3. 1723〜1871
    稲葉氏

    明治まで、淀藩主を務めた

見どころ

  • 石垣と堀の跡
  • 旧淀城との違い

地図

出典

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