長野県上田市にあった山城。武田信玄が敗れた「砥石崩れ」の舞台。
歴史
戸石城(砥石城)は、長野県上田市にあった山城で、築城の年代は不明だが、1541年の海野平の戦いの頃には、村上氏の、東信濃攻めの拠点となっていたと考えられている。砥石城は、村上氏の本拠、埴科郡と、上田平との境目に位置し、塩田荘など、小県郡の村上領と本領を結ぶ、最重要の拠点であった。
1548年の上田原の戦いで、武田晴信(信玄)は、村上方に大敗した。1550年8月に、晴信は、砥石城を攻めたが、10月1日に、包囲を解いて退却する際、村上勢の追撃を受けて、大敗した(砥石崩れ)。この戦いで、武田軍は、多くの将兵を失った。
その後、1551年に、真田幸隆が、砥石城を調略で攻略した。以後、真田氏が、この地を支配し、真田昌幸は、上田城の築城前の一時期、砥石城を拠点としたとされる。1585年には、徳川家康と真田昌幸の間で、戦いが起こった(第一次上田合戦)。
年表
- 1541年海野平の戦い。砥石城が、村上氏の拠点となっていたと考えられる
- 1550年砥石崩れ。武田晴信が、砥石城の包囲を解いて大敗する
- 1551年真田幸隆が、砥石城を攻略する
- 1585年徳川家康と真田昌幸の戦い(第一次上田合戦)
歴代城主
- 〜1551村上義清
北信濃の大名。砥石城を拠点に、武田軍を破った
- 1551〜1574真田幸隆
調略で、砥石城を攻略した
真田氏の家系図 → - 〜1590真田昌幸
上田城の築城前の一時期、拠点としたとされる
真田氏の家系図 →
見どころ
- 砥石崩れの地
- 戸石城跡の眺め
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「戸石城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Toishijyo.JPG(デジタルカメラ / Public domain)





