いいやまじょう

飯山城

全国の城中部・長野県
飯山城
写真: 前田左衛門佐 /Public domain /Wikimedia Commons

長野県飯山市にあった城。上杉謙信が北信濃の前線基地として築いた。

歴史

飯山城は、長野県飯山市にあった城で、千曲川の河畔に築かれた。1557年に、信濃に勢力を伸ばしていた甲斐の武田晴信(のちの信玄)が侵攻し、高梨政頼は、高梨氏館から、飯山城へと追われた。

1564年に、越後の上杉謙信が、信玄に対抗して、越後の防御と信濃攻略の前線基地として、飯山城を本格的に築いた。1578年に謙信が没すると、上杉景勝が跡を継ぎ、翌年、武田勝頼と甲越同盟を結んだ。その条項に従って、飯山城は、勝頼に渡された。

1582年に、織田信長の甲州征伐で、武田氏が滅亡すると、飯山城は、織田家臣の森長可の居城となったが、本能寺の変のあと、長可は逃れた。豊臣秀吉の家臣、石川光吉が、代官を務めたのち、1598年に、関一政が3万石で入封した。その後は、堀氏、佐久間氏、桜井松平氏、永井氏、青山氏と、城主が目まぐるしく替わり、1717年に、本多助芳が入封してからは、本多氏10代が、明治まで続いた。

1868年に、旧幕府軍の衝鋒隊の攻撃を受け、城下を焼かれた(飯山戦争)。城の建物は、廃藩後に、破却や焼失によって失われた。

年表

  • 1557年武田晴信の侵攻で、高梨政頼が飯山城に追われる
  • 1564年上杉謙信が、飯山城を本格的に築く
  • 1582年森長可が、城主となる
  • 1717年本多助芳が入封し、以後、本多氏が続く
  • 1868年飯山戦争。城下が焼かれる

歴代城主

  1. 〜1557
    高梨政頼

    北信濃の豪族。武田信玄の侵攻で、飯山城に逃れた

  2. 1564〜1578
    上杉謙信

    飯山城を本格的に築いた

  3. 1717〜1871
    本多氏

    明治まで、10代にわたり飯山藩主を務めた

見どころ

  • 千曲川の眺め
  • 城山公園

地図

出典

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