長野県飯田市にあった城。江戸時代は飯田藩の藩庁で、桜丸御門などが残る。
歴史
飯田城は、長野県飯田市にあった平山城で、江戸時代には、飯田藩の藩庁となった。鎌倉時代に、坂西氏が飯田に入り、のち、愛宕城(飯坂城)を構えた。室町時代に、坂西氏が、より広く展望のきく要害の地を求めて、飯田城を築いて移ったとされる。
1554年に、武田信玄が下伊那に侵入すると、以後30年間、武田氏の領となった。武田氏は、南三河に侵攻するため、高遠・大島・飯田を拡張して、重要な本拠とした。1562年に、秋山虎繁が城主となり、1573年に岩村城主となると、坂西織部亮が城主となった。
その後、織田氏、豊臣氏の時代を経て、江戸時代には、堀氏、脇坂氏、堀氏と続き、1717年に、堀親庸が入って、以後、堀氏が、明治まで続いた。飯田は、江戸時代を通じて、伊那谷の中心として栄えた。明治になって、城の建物は、取り壊された。現在は、桜丸御門などの遺構が残る。
年表
- 1554年武田信玄が下伊那に侵入し、以後30年間、武田領となる
- 1562年秋山虎繁が、城主となる
- 1573年秋山虎繁が岩村城主となり、坂西織部亮が城主となる
歴代城主
- 坂西氏
飯田城を築いたとされる。鎌倉時代からこの地に入った一族
- 1562〜1573秋山虎繁
武田氏の家臣。岩村城主となって移った
- 1717〜1871堀氏
明治まで、飯田藩主を務めた
見どころ
- 桜丸御門
- りんご並木の由来
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「飯田城 (信濃国)」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Matsukawa river in Kanae bridge ac (1).jpg(Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0)





