兵庫県たつの市にあった城。播磨の小京都、龍野の城で、霞城とも呼ばれた。
歴史
龍野城は、兵庫県たつの市にあった城で、別名を霞城という。1499年に、塩屋城の龍野赤松氏、赤松村秀が、龍野に鶏籠山城を築いた。以後、政秀、広貞、広秀と続いたが、1577年に開城し、豊臣秀吉に降った。
江戸時代の1658年に、京極高和が、丸亀に移る際に、城は、破却された。1672年に、脇坂安政が入り、龍野城が再建された。この際に、鶏籠山の山頂の城は廃され、麓に、新たな城が築かれた。以後、脇坂氏が、明治まで、龍野藩主を務めた。
現在は、石垣のみが残り、御殿、武具櫓、隅櫓、埋門が再建されている。この他、東門が、市内の浄栄寺の山門として、大手門が、同じ寺の門として、移築されている。龍野の城下は、白壁の町並みが残り、「播磨の小京都」と呼ばれる。
年表
- 1499年赤松村秀が、鶏籠山城を築く
- 1577年龍野赤松氏が、開城し、秀吉に降る
- 1658年京極高和が、丸亀に移り、城が破却される
- 1672年脇坂安政が、麓に龍野城を再建する
歴代城主
- 1499〜赤松村秀
鶏籠山城を築いた、龍野赤松氏の祖
- 1615〜1658京極高和
龍野藩主。のち丸亀に移った
- 1672〜1871脇坂氏
明治まで、龍野藩主を務めた
見どころ
- 復元された御殿
- 龍野の城下町
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「龍野城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Tatsuno castle01s2040.jpg(663highland / CC BY 2.5)





