つねやまじょう

常山城

全国の城県指定史跡中国・岡山県

岡山県岡山市・玉野市にまたがる常山にあった山城。落城時の鶴姫の伝説で知られる。

歴史

常山城は、岡山県岡山市南区と、玉野市にまたがる、標高300メートルの常山の山頂にあった山城である。最初に城を築いたのは、備中国下道郡付近を拠点としていた、上野氏で、1486年に、備中国窪屋郡の幸山城の石川氏との合戦に備えて築いたとされる。

上野氏の初代、肥前守の孫が、上野肥前守隆徳である。毛利氏に属する、三村家親の長女、鶴姫は、隆徳に嫁いで、姻戚関係にあった。1566年に、家親が、宇喜多直家に暗殺されると、三村氏は、宇喜多氏との対立を深めた。1574年に、三村元親は、織田信長の誘いを受けて、毛利氏から離反し、天正備中兵乱が始まった。しかし、翌1575年6月2日に、元親が自刃し、残るは、上野氏の常山城のみとなった。6月4日に、毛利軍の総攻撃を受け、落城した。鶴姫は、女たちを率いて戦い、敵中に斬り込んで、討ち死にしたと伝わる。

1585年に、豊臣秀吉による所領の線引きで、宇喜多氏の支配下となり、富川平右衛門(のちの戸川秀安)が城主となった。1600年の関ヶ原の戦いでは、嫡男の戸川達安は、徳川方につき、備中庭瀬2万9000石を領した。

年表

  • 1486年上野氏が、常山城を築いたとされる
  • 1575年毛利軍に攻められ、常山城が落城する。鶴姫が討ち死にしたと伝わる
  • 1585年戸川秀安が城主となる

歴代城主

  1. 〜1575
    上野隆徳

    常山城の最後の城主

  2. 〜1575
    鶴姫

    三村家親の娘。落城の際に、戦ったと伝わる

    織田氏の家系図 →
  3. 1585〜1592
    戸川秀安

    宇喜多氏の家臣。城主となった

見どころ

  • 鶴姫の伝説
  • 常山の眺望

出典