みまさかたかだじょう

美作高田城

全国の城中国・岡山県
美作高田城
写真: by Reggaeman /CC BY-SA 3.0 /Wikimedia Commons

岡山県真庭市にあった城。三浦氏の居城で、江戸時代には勝山藩の城となった。

歴史

美作高田城は、岡山県真庭市(勝山)にあった城で、一般に、室町時代初期の1340年に、美作国高田荘の領主となった三浦貞宗が、今川了俊の縄張りにより、如意山と勝山に築いたと伝えられる。江戸時代初期に書かれた「高田城主次第」によれば、その筆頭には、戦国時代初期の人物、三浦貞連が記されている。

1544年に、貞連の孫、貞久は、尼子晴久の配下、宇山久信に攻められたが、撃退した。1548年に、貞久が死去し、子の貞勝が当主となった。永禄年間には、弱体化した尼子氏に代わって、毛利氏が台頭し、1565年に、備中松山城主の三村家親は、毛利氏の麾下となり、高田城を攻めた。1566年に、宇喜多直家によって、三村家親が暗殺されると、三浦家臣団は、貞久の末弟、貞盛を擁立して、高田城の奪還を果たした。

その後は、毛利氏の支配下にあり、楢崎元兼が城主となった。1584年に、備前・美作は、宇喜多秀家の所領となり、牧氏が城代となった。江戸時代には、三浦氏が、勝山藩主として、明治まで、この地を治めた。

年表

  • 1340年三浦貞宗が、高田荘の領主となり、築城したと伝わる
  • 1544年三浦貞久が、尼子晴久の攻撃を撃退する
  • 1566年三村家親の暗殺後、三浦家臣団が、高田城を奪還する
  • 1584年備前・美作が宇喜多秀家の所領となる

歴代城主

  1. 1340〜
    三浦貞宗

    築城者と伝わる

  2. 〜1548
    三浦貞久

    尼子氏の攻撃を撃退した

  3. 〜1871
    三浦氏(勝山藩主)

    江戸時代に、明治まで、この地を治めた

見どころ

  • 勝山の城下町
  • 三浦氏の城

地図

出典

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