岡山県真庭市にあった城。三浦氏の居城で、江戸時代には勝山藩の城となった。
歴史
美作高田城は、岡山県真庭市(勝山)にあった城で、一般に、室町時代初期の1340年に、美作国高田荘の領主となった三浦貞宗が、今川了俊の縄張りにより、如意山と勝山に築いたと伝えられる。江戸時代初期に書かれた「高田城主次第」によれば、その筆頭には、戦国時代初期の人物、三浦貞連が記されている。
1544年に、貞連の孫、貞久は、尼子晴久の配下、宇山久信に攻められたが、撃退した。1548年に、貞久が死去し、子の貞勝が当主となった。永禄年間には、弱体化した尼子氏に代わって、毛利氏が台頭し、1565年に、備中松山城主の三村家親は、毛利氏の麾下となり、高田城を攻めた。1566年に、宇喜多直家によって、三村家親が暗殺されると、三浦家臣団は、貞久の末弟、貞盛を擁立して、高田城の奪還を果たした。
その後は、毛利氏の支配下にあり、楢崎元兼が城主となった。1584年に、備前・美作は、宇喜多秀家の所領となり、牧氏が城代となった。江戸時代には、三浦氏が、勝山藩主として、明治まで、この地を治めた。
年表
- 1340年三浦貞宗が、高田荘の領主となり、築城したと伝わる
- 1544年三浦貞久が、尼子晴久の攻撃を撃退する
- 1566年三村家親の暗殺後、三浦家臣団が、高田城を奪還する
- 1584年備前・美作が宇喜多秀家の所領となる
歴代城主
- 1340〜三浦貞宗
築城者と伝わる
- 〜1548三浦貞久
尼子氏の攻撃を撃退した
- 〜1871三浦氏(勝山藩主)
江戸時代に、明治まで、この地を治めた
見どころ
- 勝山の城下町
- 三浦氏の城
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「高田城 (美作国)」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Mimasaka Katsuyama Castle 01.JPG(by Reggaeman / CC BY-SA 3.0)





