群馬県高崎市にあった城。井伊直政が築き、江戸時代は高崎藩の藩庁。
歴史
高崎城は、群馬県高崎市にあった城で、その地には、もと、和田城があった。和田城は、平安時代の末期に、この地の豪族、和田義信が築いたといわれる。戦国時代の1561年に、城主の和田業繁は、上杉謙信に背いて、武田氏についた。
1590年の小田原征伐のあと、徳川家康が、関東に入ると、箕輪城主となっていた井伊直政が、1597年に、家康の命により、和田城の跡に、近世城郭を築いた。1600年の関ヶ原の戦いのあと、直政は、近江の佐和山城に移された。その後は、諏訪氏、酒井氏、戸田氏、松平氏、安藤氏など、譜代大名が、入れ替わった。
1619年に入った安藤重信は、城の改修に着手し、以後、3代77年をかけて、大改修を行った。1633年には、3代将軍・徳川家光の弟の、徳川忠長が、この城に幽閉され、自害した。
1873年の廃城令で、城は存置となり、第3師団の分営所が置かれた。その後は、建物が移築、または破却され、跡地の大半は、歩兵第15連隊の駐屯地として使われた。現在は、乾櫓や東門が、残る。
年表
- 1561年和田業繁が、上杉謙信に背いて、武田氏につく
- 1597年井伊直政が、家康の命で、近世城郭を築く
- 1619年安藤重信が入り、3代77年をかけて大改修する
- 1633年徳川忠長が、この城で自害する
- 1873年廃城令で存置とされ、軍の分営所が置かれる
歴代城主
- 〜1590和田氏
高崎城の前身、和田城の城主
- 1597〜1600井伊直政
近世の高崎城を築いた
井伊氏の家系図 → - 1619〜1621安藤重信
城の大改修に着手した
見どころ
- 現存する乾櫓
- 高崎城址公園
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「高崎城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Takasaki-jo inui-yagura.jpg(kamoseiro / CC BY-SA 3.0)



