たかさきじょう

高崎城

全国の城市指定史跡関東・群馬県
高崎城
写真: kamoseiro /CC BY-SA 3.0 /Wikimedia Commons

群馬県高崎市にあった城。井伊直政が築き、江戸時代は高崎藩の藩庁。

歴史

高崎城は、群馬県高崎市にあった城で、その地には、もと、和田城があった。和田城は、平安時代の末期に、この地の豪族、和田義信が築いたといわれる。戦国時代の1561年に、城主の和田業繁は、上杉謙信に背いて、武田氏についた。

1590年の小田原征伐のあと、徳川家康が、関東に入ると、箕輪城主となっていた井伊直政が、1597年に、家康の命により、和田城の跡に、近世城郭を築いた。1600年の関ヶ原の戦いのあと、直政は、近江の佐和山城に移された。その後は、諏訪氏、酒井氏、戸田氏、松平氏、安藤氏など、譜代大名が、入れ替わった。

1619年に入った安藤重信は、城の改修に着手し、以後、3代77年をかけて、大改修を行った。1633年には、3代将軍・徳川家光の弟の、徳川忠長が、この城に幽閉され、自害した。

1873年の廃城令で、城は存置となり、第3師団の分営所が置かれた。その後は、建物が移築、または破却され、跡地の大半は、歩兵第15連隊の駐屯地として使われた。現在は、乾櫓や東門が、残る。

年表

  • 1561年和田業繁が、上杉謙信に背いて、武田氏につく
  • 1597年井伊直政が、家康の命で、近世城郭を築く
  • 1619年安藤重信が入り、3代77年をかけて大改修する
  • 1633年徳川忠長が、この城で自害する
  • 1873年廃城令で存置とされ、軍の分営所が置かれる

歴代城主

  1. 〜1590
    和田氏

    高崎城の前身、和田城の城主

  2. 1597〜1600
    井伊直政

    近世の高崎城を築いた

    井伊氏の家系図 →
  3. 1619〜1621
    安藤重信

    城の大改修に着手した

見どころ

  • 現存する乾櫓
  • 高崎城址公園

地図

出典

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