たてばやしじょう

館林城

全国の城市指定史跡関東・群馬県
館林城
写真: by 竹太郎 /Public domain /Wikimedia Commons

群馬県館林市にあった城。徳川綱吉が城主だったことで知られる。

歴史

館林城は、群馬県館林市にあった城で、城沼などの湿地を利用した、平城である。江戸時代に書かれた『館林記』には、赤井照光が、子ギツネを助けたところ、親ギツネが恩返しに、館林城の縄張りを行ったという伝承が載る(分福茶釜の伝説とも結びつく)。確認できる最古の文献は、1471年の、享徳の乱の中の史料で、上杉軍が、足利成氏方の赤井氏の館林城を攻めたと記される。

1562年に、上杉謙信に従った長尾景長が、館林城を落とし、城主の赤井文六を追放した。1584年に、北条氏照の軍勢が館林領に侵攻し、翌年には、城の明け渡しが行われた。1590年の小田原征伐に伴い、館林城は落城した。

徳川家康の関東入封に伴い、徳川四天王の一人、榊原康政が、10万石で城主となった。のち、5代将軍となる徳川綱吉も、館林藩主として、この城に入った。

年表

  • 1471年史料に、赤井氏の館林城が、初めて記される
  • 1562年長尾景長が、城を落とし、赤井文六を追放する
  • 1590年小田原征伐で落城し、榊原康政が10万石で入る

歴代城主

  1. 〜1562
    赤井氏

    戦国時代の、館林城主

  2. 1562〜1585
    長尾景長

    上杉謙信に従い、城を落とした

  3. 1590〜1606
    榊原康政

    徳川四天王の一人。10万石で入った

  4. 1653〜1680
    徳川綱吉

    のち、5代将軍となる。館林藩主として城に入った

    徳川氏の家系図 →

見どころ

  • 城沼
  • 分福茶釜の伝承

地図

出典

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