群馬県館林市にあった城。徳川綱吉が城主だったことで知られる。
歴史
館林城は、群馬県館林市にあった城で、城沼などの湿地を利用した、平城である。江戸時代に書かれた『館林記』には、赤井照光が、子ギツネを助けたところ、親ギツネが恩返しに、館林城の縄張りを行ったという伝承が載る(分福茶釜の伝説とも結びつく)。確認できる最古の文献は、1471年の、享徳の乱の中の史料で、上杉軍が、足利成氏方の赤井氏の館林城を攻めたと記される。
1562年に、上杉謙信に従った長尾景長が、館林城を落とし、城主の赤井文六を追放した。1584年に、北条氏照の軍勢が館林領に侵攻し、翌年には、城の明け渡しが行われた。1590年の小田原征伐に伴い、館林城は落城した。
徳川家康の関東入封に伴い、徳川四天王の一人、榊原康政が、10万石で城主となった。のち、5代将軍となる徳川綱吉も、館林藩主として、この城に入った。
年表
- 1471年史料に、赤井氏の館林城が、初めて記される
- 1562年長尾景長が、城を落とし、赤井文六を追放する
- 1590年小田原征伐で落城し、榊原康政が10万石で入る
歴代城主
- 〜1562赤井氏
戦国時代の、館林城主
- 1562〜1585長尾景長
上杉謙信に従い、城を落とした
- 1590〜1606榊原康政
徳川四天王の一人。10万石で入った
- 1653〜1680徳川綱吉
のち、5代将軍となる。館林藩主として城に入った
徳川氏の家系図 →
見どころ
- 城沼
- 分福茶釜の伝承
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「館林城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: TatebayashiJouHonmaru.JPG(by 竹太郎 / Public domain)




