たちばなやまじょう

立花山城

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立花山城
写真: Heartoftheworld /CC BY-SA 4.0 /Wikimedia Commons

福岡県福岡市・久山町にあった山城。立花宗茂が島津軍を退けた城。

歴史

立花山城は、福岡県福岡市と久山町にまたがる、立花山にあった山城である。1330年に、豊後国守護、大友貞宗の次男、大友貞載が築き、この地に拠ったことから、立花氏を称するようになった。港町博多を見下ろす、非常に重要な位置にあり、博多の支配拠点であった。

戦国末期の1586年7月末には、当時20歳の立花統虎(のちの立花宗茂)が、この城に籠もり、実父の高橋紹運の岩屋城を落とした、島津勢約4万の攻撃を退けた。統虎は、島津軍を退けて、島津軍が撤退するまで、城を守り抜いた。

豊臣秀吉の九州征伐の後、立花氏は、筑後国の柳川城へ移封となり、立花山城には、小早川隆景が入城した。城としての機能よりも、経済的な意義が求められ、のち、隆景は、名島城に移った。立花山城は、廃された。福岡城の石垣は、主に、立花山城の石垣を移築して作られた。現在は、山頂の本丸跡に、わずかな石垣跡と、古井戸跡が、残るのみである。

年表

  • 1330年大友貞載が、築城したとされる
  • 1586年立花統虎(宗茂)が、島津軍の攻撃を退ける
  • 1587年九州征伐のあと、立花氏が柳川に移り、小早川隆景が入る

歴代城主

  1. 1330〜
    大友貞載

    築城したとされる。この地に拠り、立花氏を称した

  2. 〜1585
    立花道雪

    立花城主。大友氏の名将

  3. 1585〜1587
    立花統虎(宗茂)

    島津軍4万の攻撃を、少数で退けた

  4. 1587〜
    小早川隆景

    九州征伐後に、城主となった

    毛利氏の家系図 →

見どころ

  • 立花宗茂の籠城
  • 福岡城への石垣移築

地図

出典

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