福岡県福岡市にあった城。小早川隆景が水軍の本拠として大改修した海城。
歴史
名島城は、福岡県福岡市東区名島にあった海城で、豊前国の戦国大名、大友氏の庶流である立花氏の当主、立花鑑載が、立花山城の出城として築いたのが、始まりとされる。1587年に、豊臣秀吉が、島津氏を降伏させ、九州を平定すると、筑前に入った小早川隆景が、新たな居城の地を選んだ。
隆景は、城地の選定にあたり、海に近く、水軍の本拠にできる城の築城を計画し、立花山城の出城であった名島城を、大改修して居城とした。隆景は、のち、養子の小早川秀秋に、家督を譲り、名島城から退去して、三原城に戻った。秀秋は、小早川家の新たな当主として、名島城に入り、城主となった。
1600年の関ヶ原の戦いの結果、小早川秀秋は、岡山51万石に加増転封され、筑前には、豊前国中津から、黒田長政が入った。長政は、立地的に、城下町の整備に不向きであったことから、名島城を廃して、新たに、福岡城を築いた。旧名島城にあった襖絵や障壁画は、現在、京都国立博物館に所蔵されている。
年表
- 1587年小早川隆景が、名島城を大改修して居城とする
- 1600年黒田長政が入り、福岡城を築いて、名島城は廃される
歴代城主
- 立花鑑載
立花山城の出城として築いたとされる
- 1587〜小早川隆景
水軍の本拠として、名島城を大改修した
毛利氏の家系図 → - 〜1600小早川秀秋
隆景の養子。関ヶ原の戦いのあと、岡山に移った
- 1600〜黒田長政
名島城に入り、福岡城の築城を始めた
見どころ
- 博多湾に面した海城
- 福岡城の前の拠点
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「名島城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: The site Najima of a castle02.jpg(ぱちょぴ(投稿者)による撮影 / CC BY-SA 3.0)



