なじまじょう

名島城

名島城
写真: ぱちょぴ(投稿者)による撮影 /CC BY-SA 3.0 /Wikimedia Commons

福岡県福岡市にあった城。小早川隆景が水軍の本拠として大改修した海城。

歴史

名島城は、福岡県福岡市東区名島にあった海城で、豊前国の戦国大名、大友氏の庶流である立花氏の当主、立花鑑載が、立花山城の出城として築いたのが、始まりとされる。1587年に、豊臣秀吉が、島津氏を降伏させ、九州を平定すると、筑前に入った小早川隆景が、新たな居城の地を選んだ。

隆景は、城地の選定にあたり、海に近く、水軍の本拠にできる城の築城を計画し、立花山城の出城であった名島城を、大改修して居城とした。隆景は、のち、養子の小早川秀秋に、家督を譲り、名島城から退去して、三原城に戻った。秀秋は、小早川家の新たな当主として、名島城に入り、城主となった。

1600年の関ヶ原の戦いの結果、小早川秀秋は、岡山51万石に加増転封され、筑前には、豊前国中津から、黒田長政が入った。長政は、立地的に、城下町の整備に不向きであったことから、名島城を廃して、新たに、福岡城を築いた。旧名島城にあった襖絵や障壁画は、現在、京都国立博物館に所蔵されている。

年表

  • 1587年小早川隆景が、名島城を大改修して居城とする
  • 1600年黒田長政が入り、福岡城を築いて、名島城は廃される

歴代城主

  1. 立花鑑載

    立花山城の出城として築いたとされる

  2. 1587〜
    小早川隆景

    水軍の本拠として、名島城を大改修した

    毛利氏の家系図 →
  3. 〜1600
    小早川秀秋

    隆景の養子。関ヶ原の戦いのあと、岡山に移った

  4. 1600〜
    黒田長政

    名島城に入り、福岡城の築城を始めた

見どころ

  • 博多湾に面した海城
  • 福岡城の前の拠点

地図

出典

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