みきじょう

三木城

全国の城県指定史跡近畿・兵庫県
三木城
写真: 投稿者が撮影 /Public domain /Wikimedia Commons

兵庫県三木市にあった城。別所長治が籠城し、羽柴秀吉の兵糧攻め(三木合戦)を受けた。

歴史

三木城は、兵庫県三木市にあった城で、築城の時期は、諸説あって、はっきりしない。この地に城を築いたのは、別所則治とされ、1483年に、播磨守護の赤松政則が、山名政豊に大敗して堺に逃れた翌年、則治が、城を築いたと伝わる。

則治の孫、別所就治の時代になると、三木城も、戦場となった。1538年・1539年には、尼子詮久(のちの晴久)が、三木城を攻撃した。1554年には、三好長慶の攻撃を受けた。1568年に、別所安治が三人衆を見限って、織田信長についた。

1578年3月、毛利氏攻めの先鋒を務めると、信長に約していた別所長治は、突然、三木城に立てこもり、羽柴秀吉に反旗を翻した。秀吉は、城を包囲し、周辺の支城を落として、兵糧攻めにした(三木合戦)。約2年に及ぶ籠城で、城内は、飢餓に陥り、「三木の干し殺し」と呼ばれる。1580年1月17日に、別所長治は、城兵の助命と引き換えに、切腹し、三木城は開城した。

年表

  • 1483年別所則治が、築城したと伝わる(諸説あり)
  • 1568年別所氏が、織田信長についた
  • 1578年別所長治が、秀吉に反旗を翻す(三木合戦の始まり)
  • 1580年兵糧攻めののち、長治が切腹し、開城する

歴代城主

  1. 1483〜
    別所則治

    築城したと伝わる

  2. 〜1580
    別所長治

    秀吉に反旗を翻し、三木合戦で切腹した

見どころ

  • 三木の干し殺し
  • 別所長治の辞世

地図

出典

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