山形県上山市にあった城。上山藩の藩庁で、月岡公園として残る。
歴史
上山城は、山形県上山市にあった平山城で、1535年に、上山義房の子・武衛義忠が、高楯城を伊達家から奪い返したのち、天神森(現在の月岡公園)に築いて、周辺を城下町としたのが始まりである。
1574年の天正最上の乱で、城主の上山満兼は、当初、最上義光についたが、伊達軍が進軍すると、義光を裏切った。1580年に、最上義光は、里見民部を寝返らせて、上山城を攻めさせ、満兼は討ち死にした。1600年には、慶長出羽合戦の舞台の一つとなり、上杉方の軍が、上山城を攻めたが、守将の里見民部らが、これを退けた。
1615年の一国一城令のときも、上山城は破却されずに済んだ。1622年に、最上氏が改易されると、能見松平家の松平重忠が、4万石で入り、上山藩が立藩された。のち、蒲生忠知、土岐氏が藩主となった。1692年に、土岐頼殷が越前野岡藩に転封されると、まもなく、幕府の命により、城が破却された。破却の直前は、本丸に三重の天守や、櫓門のある、近世城郭であった。
現在の天守は、のちに、資料館として建てられたものである。
年表
- 1535年武衛義忠が、上山城を築いたとされる
- 1580年最上義光の策略で、城主・上山満兼が討ち死にする
- 1600年慶長出羽合戦の舞台の一つとなる
- 1622年松平重忠が入り、上山藩が立藩される
- 1692年土岐頼殷の転封後、幕命により城が破却される
歴代城主
- 〜1580上山満兼
城主。最上義光に攻められ、討ち死にした
- 1580〜1603里見民部
最上義光の家臣。慶長出羽合戦で、城を守った
- 1622〜1626松平重忠
上山藩の初代藩主
- 1628〜1692土岐氏
上山藩主を務めた
見どころ
- 月岡公園
- 復興された天守
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「上山城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Kaminoyama Castle 20230806c.jpg(掬茶 / CC BY-SA 4.0)




