山形県山形市にあった山城。関ヶ原の戦いと同じ頃の「長谷堂城の戦い」の舞台。
歴史
長谷堂城は、山形県山形市にあった山城で、最上氏の本拠、山形城の南を守る支城である。歴史上、最も注目されたのは、1600年の、関ヶ原の戦いとほぼ同じ時期に起こった、慶長出羽合戦(長谷堂城の戦い)である。西軍の上杉景勝の軍勢と、東軍の最上義光の軍勢が、この城をめぐって戦った。
上杉軍の総大将、直江兼続は、大軍で長谷堂城を攻めたが、城を守った志村光安らの抵抗で、攻めあぐねた。やがて、関ヶ原で西軍が敗れたという知らせが届くと、上杉軍は撤退した。このとき、撤退戦で、最上軍が追撃したが、上杉軍は、前田慶次らの奮戦もあって、被害を抑えて引き上げたと伝わる。
戦後、長谷堂城は、坂光秀に与えられ、光秀の没後は、子の光重が継いだ。しかし、1622年に、最上騒動で、山形藩主の最上義俊が改易されると、幕府は城の破却を命じ、長谷堂城は廃された。
年表
- 1600年慶長出羽合戦(長谷堂城の戦い)。上杉軍が城を攻めるが、撤退する
- 1622年最上騒動で最上氏が改易され、城が破却される
歴代城主
- 1600〜1600志村光安
最上氏の家臣。長谷堂城を守った
- 〜1600直江兼続
上杉軍の総大将。長谷堂城を攻めた
- 1600〜坂光秀
戦後、長谷堂城を与えられた
見どころ
- 長谷堂城の戦いの地
- 城跡公園
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「長谷堂城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Hasedoujou001.jpg(Satoshin / CC BY-SA 3.0)




