沖縄県南城市にあったグスク。玉城按司の三男が築いたとされ、山南の城の一つ。
歴史
糸数城(いとかずぐすく)は、沖縄県南城市糸数にあったグスク(城)で、1972年5月15日に、国の史跡に指定された。玉城城の玉城按司が、その守りとして、次男を大城城に、三男を糸数城に派遣し、それぞれ築城させたといわれている。
糸数城は、東側を除く三方が、断崖、または急斜面で、特に南側は、高い断崖となっている。東側は、玉城城まで、丘陵上の平坦面が続き、視界がよいが、防御は薄い。この場所は、糸数城が築かれる前は、根石グスクがあった場所で、麓には、祖霊を祀る、「根石城之嶽」があり、糸数の集落が、村落の祭祀で最初に拝む場所であった。
『中山世鑑』や『中山世譜』では、玉城王の治世に、国が分裂し、大里按司が、玉城城などを討って、山南王を名乗ったとある。糸数城も、その侵攻で落ちたと考えられる。落城後も、城下の集落は、そのまま存続したが、1886年の天然痘の流行により、城跡の西側に、集落が移転した。
年表
- 14世紀玉城按司の三男が、糸数城を築いたといわれる
- 1972年国の史跡に指定される
歴代城主
- 玉城按司の三男
糸数城を築いたといわれる
- 大里按司(山南王)
玉城城などを討ち、山南王を名乗った
見どころ
- 断崖の眺望
- 根石城之嶽
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「糸数城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: 糸数城 - panoramio.jpg(岩浪陸 / CC BY 3.0)





