沖縄県浦添市にあったグスク。琉球王国の初期の王統の居城とされ、沖縄戦の激戦地となった。
歴史
浦添城は、沖縄県浦添市にあったグスク(城)で、標高約130メートルの、崖の上に築かれた。13世紀ごろ、琉球の王統の一つ、英祖王統の居城とされ、のち、尚氏の王統でも、首里に移る前の、王の拠点として使われた。城の北側には、王の墓所とされる、浦添ようどれがある。
城内の建物は、再三にわたって改築されたが、最後のものは、1609年に、薩摩軍の侵攻に遭って、焼失したと考えられる。その防衛に適した地形から、沖縄戦では、首里周辺の重要な拠点として重視された。特に、南東部にある崖地付近は、日本軍からは前田高地、米軍からはハクソー・リッジと呼ばれ、激戦地となった。
戦後は、周辺の開発のために、城跡の北面の一部が、採石工事で失われた。しかし、1980年代以降の発掘調査により、遺構の保存や復元が進められた。
年表
- 13世紀頃英祖王統の居城となったとされる
- 1609年薩摩軍の侵攻で、最後の建物が焼失したと考えられる
- 1945年沖縄戦の激戦地(前田高地)となる
歴代城主
- 英祖王
13世紀ごろの琉球の王。居城としたとされる
- 尚氏の王
首里に移る前の、王の拠点とした
見どころ
- 浦添ようどれ
- 前田高地
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「浦添城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Urasoe Castle Walls.jpg(Sturmgewehr88 / CC BY-SA 3.0)





