熊本県宇土市にあった城。小西行長が築き、関ヶ原の戦いの際に加藤清正に攻められた。
歴史
宇土城は、熊本県宇土市にあった城で、中世の宇土古城(西岡台)と、近世の宇土城(小西行長が築いた城)がある。宇土古城は、近世宇土城の少し西側にあり、遅くとも平安時代中期には、一帯の領主であった宇土氏によって、西岡台と称されて、拠点とされた。
古城は、千畳敷、三城など、複数の曲輪から成り、周囲は、横堀で囲まれ、斜面には、竪堀が穿たれていた。1998年には、千畳敷の北側から、掘削作業の途中の、横堀跡が確認され、当時の土木作業の工程や技術を示す、貴重な例となった。
近世の宇土城は、豊臣秀吉から、肥後南部の領主に任じられた小西行長が、築いた。行長は、キリシタン大名として知られ、城には、天守が築かれたとされる。1600年の関ヶ原の戦いで、行長が西軍について、敗れると、加藤清正が、宇土城を攻め、落城した。のち、城は、廃された。熊本城の宇土櫓が、宇土城の天守を移築したものであるという伝承がある(確かではない)。
年表
- 中世宇土氏が、宇土古城(西岡台)を拠点とする
- 1600年関ヶ原の戦いで、加藤清正の攻撃を受け、落城する
歴代城主
- 宇土氏
中世の領主。古城(西岡台)を拠点とした
- 1588〜1600小西行長
近世の宇土城を築いた。関ヶ原の戦いで、敗れた
見どころ
- 宇土古城
- 宇土櫓の由来
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「宇土城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01




