千葉県野田市にあった城。関東の水運を押さえ、関宿合戦の舞台となった。
歴史
関宿城は、千葉県野田市にあった城で、江戸川を遮るような縄張りを持ち、利根川水系の要地で、関東の水運を押さえる拠点であった。戦国時代には、関東の中心部における最重要拠点であった。関東の制圧を目論む北条氏康は、「この地を抑えるということは、一国を獲得するのと同じである」とまで評したという。
戦国時代末期には、北条方と上杉方の間で、激しい争奪戦(関宿合戦)が繰り広げられた。北条氏康・氏政・氏照の父子が、上杉謙信や佐竹義重の援助を受けた簗田晴助の守る関宿城を、幾度も攻めた。
江戸時代には、譜代大名の城となり、「御三階櫓」と呼ばれる天守状の櫓が代用として建てられた。『正保城絵図』には、土塁の上に、茅葺きの三重櫓が描かれている。河川改修や圃場整備のため、遺構の保存状態はよくなく、現在は、本丸跡の一部と、空堀の跡が、わずかに残るのみである。
年表
- 戦国時代末期北条方と上杉方が、関宿合戦で争う
- 江戸時代譜代大名の城となり、御三階櫓が建てられる
歴代城主
- 簗田晴助
古河公方の重臣。関宿城を守った
- 〜1871久世氏
江戸時代の、譜代大名
見どころ
- 埋門と大手門と伝わる門
- 権現堂川
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「関宿城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Sekiyado Castle1.JPG(Abasaa / Public domain)





