新潟県長岡市にあった城。長岡藩牧野氏の居城で、北越戊辰戦争の舞台となった。
歴史
長岡城は、新潟県長岡市にあった平城で、長岡藩の藩庁である。戦国時代には、この地は、越後守護代長尾氏の一族、古志長尾氏が、蔵王堂城に拠っていた。1598年に、上杉氏が会津に移されると、代わって越後に入った堀秀治の弟、堀親良が、4万石を与えられ、蔵王堂城主となった。
1616年に、松平忠輝が、大坂の陣での不始末から除封されると、堀直寄が、8万石で、蔵王に入り、蔵王堂の低地を避け、信濃川の水害対策のため、長岡城を築き始めた。直寄は、2年後の1618年に、越後村上に移され、代わって、譜代大名の牧野忠成が、6万2000石で入封した。牧野氏は、以後、明治まで続いた。
1728年に、「三蔵火事」と呼ばれる大火で、城の全体が焼失し、幕府から7000両を借用して、再建された。城は、水害対策のために築かれたが、洪水で城内まで浸水することが、たびたびあった。
幕末の1868年、北越戊辰戦争で、長岡藩は、家老の河井継之助のもと、奥羽越列藩同盟に参加して、新政府軍と戦った。長岡城は、一度落城し、のち奪還されたが、再び落城した。
年表
- 1616年堀直寄が入り、長岡城の築城を始める
- 1618年牧野忠成が、6万2000石で入封する
- 1728年三蔵火事で、城の全体が焼失する
- 1868年北越戊辰戦争で、落城する
歴代城主
- 1616〜1618堀直寄
長岡城の築城を始めた
- 1618〜1654牧野忠成
長岡藩の初代藩主
- 1868〜1868河井継之助
長岡藩の家老。北越戊辰戦争を指揮した
見どころ
- 長岡城跡
- 幕末の北越戊辰戦争
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「長岡城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Nagaoka Zyo Honmaru Ato Sekihi.jpg(Rebirth10 / CC BY-SA 4.0)





