むさしまつやまじょう

武蔵松山城

全国の城国の史跡関東・埼玉県
武蔵松山城
写真: by Oregr /Public domain /Wikimedia Commons

埼玉県吉見町にあった城。武蔵国の要衝として、関東の諸勢力が争奪した。

歴史

武蔵松山城は、埼玉県吉見町にあった城で、室町時代の1399年に、上田友直によって、本格的に築かれたとされる。いくつかの築城にまつわる伝説もあるが、これは伝説にすぎない。

室町時代から戦国時代にかけて、武蔵国の中原の要衝として、関東の諸勢力による激しい争奪戦が展開された。松山城を築いたと考えられる上田氏は、扇谷上杉氏に仕えた。北条氏の勢力が相模から武蔵に伸びてくると、扇谷上杉氏、山内上杉氏、古河公方の三勢力の間で、和睦が成立し、南から侵攻する北条氏に、対抗した。

1561年に、上杉謙信が奪取し、岩槻城主の太田資正を、城代とした。しかし、1563年に、北条氏康と武田信玄の連合軍の攻撃で、再び、城を失った(松山城の戦い)。1590年の小田原征伐では、豊臣方の軍勢に攻められて、開城した。以後、城は、廃された。

年表

  • 1399年上田友直が、本格的に築城したとされる
  • 1561年上杉謙信が奪取し、太田資正を城代とする
  • 1563年北条氏康・武田信玄の連合軍に攻められ、落城する
  • 1590年小田原征伐で、開城する

歴代城主

  1. 1399〜
    上田友直

    築城したとされる

  2. 1561〜1563
    太田資正

    上杉謙信に従い、城代を務めた

見どころ

  • 吉見百穴の近く
  • 空堀の遺構

地図

出典

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