埼玉県さいたま市岩槻区にあった城。太田氏・成田氏・北条氏の城として知られ、江戸時代は岩槻藩の藩庁。
歴史
岩槻城(岩付城)は、埼玉県さいたま市岩槻区にあった平城で、戦国時代の武蔵国東部の要衝である。築城の経緯には、諸説がある。『鎌倉大草紙』は、古河公方・足利成氏に対抗するため、1457年に、扇谷上杉持朝と、その家臣の太田道真・道灌父子が、江戸城・河越城とともに築いたと伝える。一方、1497年の史料をもとに、成田氏による築城とする説もあり、研究者の間で、議論が続いている。
戦国時代には、太田氏、のち北条氏の支配下に置かれ、関東の東西を結ぶ拠点となった。1590年の小田原征伐では、豊臣方の軍勢に攻められて落城した。徳川家康の関東入封後は、譜代大名が入れ替わり、江戸の北の守りとして、岩槻藩の藩庁が置かれた。
現在は、城跡の一部が、岩槻城址公園として整備され、空堀や土塁の遺構が残る。
年表
- 1457年太田道真・道灌父子が築いたとされる(諸説あり)
- 1590年小田原征伐で、豊臣方に攻められ落城する
- 江戸時代岩槻藩の藩庁が置かれる
歴代城主
- 1457〜太田氏
扇谷上杉氏の家臣。築城者とされる(諸説あり)
- 成田氏
築城者とする説もある一族
見どころ
- 岩槻城址公園
- 黒門(移築)
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「岩槻城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Iwatsuki Castle, sekihi.jpg(Saigen Jiro / CC0)





