大分県日出町にあった城。木下延俊が築き、別名は暘谷城。
歴史
日出城は、大分県日出町にあった城で、別府湾に面した海城である。中世には、建武の頃に、速見郡大神郷で、大神仙介が築いた城があり、大友氏の豊後国支配の時代も、配下の大神氏が拠点とした。天正の戦で、薩摩の島津氏の攻撃を受けている。
1593年に、大友義統が改易されたのち、速見郡の郡代となった、豊臣氏家臣の毛利重政が、日出城の城代となったが、この日出城は、現在残る日出城とは、別のものである。
現在残る日出城は、1601年から1602年にかけて、日出藩の初代藩主、木下延俊が、義兄の細川忠興の支援を受けて築いた。忠興が縄張りをしたと伝わる。別名「暘谷城」といい、3代藩主の木下俊長が、中国の古書から引用して名付けたと伝えられる。
1874年の廃城令で、廃城となり、建物は、競売にかけられた。本丸には、暘谷学舎(現在の日出小学校の前身)が開校し、その校舎に、建物の一部が、利用された。
年表
- 建武年間大神仙介が築城する
- 1601年木下延俊が、日出城の築城を始める(〜1602年)
- 1874年廃城令で、廃城となる
歴代城主
- 大神仙介
中世の日出城を築いた
- 1601〜1642木下延俊
日出藩の初代藩主。現在の日出城を築いた
- 1660〜1694木下俊長
3代藩主。「暘谷城」と名付けたと伝わる
見どころ
- 暘谷城の名
- 別府湾に面した海城
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「日出城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Hiji Castle ruins inscription.jpg(Heartoftheworld / CC BY-SA 3.0)





