えぼしがたじょう

烏帽子形城

全国の城国の史跡近畿・大阪府
烏帽子形城
写真: Saigen Jiro /CC0 /Wikimedia Commons

大阪府河内長野市にあった山城。楠木正成が築いたとする伝承があり、戦国期には河内の要衝。

歴史

烏帽子形城は、大阪府河内長野市にあった山城で、1332年に、楠木正成が、上赤坂城の支城として築いたという伝承がある。南北朝時代には、主に南朝の楠木氏の城として、北朝の畠山氏との争奪の場となった。

戦国時代の天文年間には、楠木正季の子孫にあたる、甲斐庄氏の当主、隆成が、城主であったとされるが、確かではない。実際に確認できる城主として、弘治年間の碓井定純が、知られる。その後、三好氏と畠山氏の争いで、烏帽子形城は、三好氏の手に落ちた。

ルイス・フロイスの『日本史』によると、1582年の時点で、烏帽子形城には、三人の領主がいた。のち、烏帽子形城は、岸和田城主の中村一氏の支城となり、1584年には、豊臣秀吉の命で、紀州攻めの拠点として改築された。江戸時代の初めに、廃されたとされる。

年表

  • 1332年楠木正成が、上赤坂城の支城として築いたという伝承がある
  • 1582年フロイスの記録に、三人の領主が記される
  • 1584年秀吉の命で、紀州攻めの拠点として改築される

歴代城主

  1. 1332〜
    楠木正成

    築城の伝承がある

  2. 1555〜
    碓井定純

    確認できる城主の一人

  3. 1584〜
    中村一氏

    岸和田城主。支城として、烏帽子形城を用いた

見どころ

  • 山城の遺構
  • 復元された建物

地図

出典

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