鳥取県湯梨浜町にあった山城。南条氏の居城で、伯耆の要衝。
歴史
羽衣石城は、鳥取県湯梨浜町にあった山城で、1366年に、南条貞宗が築いたと伝わる。以後、南条氏の居城となり、伯耆国の中心の一つとなった。1524年の大永の五月崩れで落城し、尼子領となったとされるが、近年の研究では、この事件自体が、否定されている。
1546年に、南条国清(のちの宗勝)が、武田国信の要請を受けて、尼子方を離れ、同時に城を退去した。1562年に、毛利氏が尼子氏を滅ぼすと、宗勝は、羽衣石城へ復帰した。1575年に、宗勝は、月山富田城の吉川元春に謁見した帰途に病死し、子の南条元続が、家督を継いだ。
1579年に、元続は、父の死を、毛利方の謀略とみて、毛利方に背き、羽柴方についた。1581年には、吉川元春が、馬ノ山に布陣して、子の元長に、羽衣石城を攻めさせた。鳥取城を落とした秀吉軍が、馬ノ山で元春軍と対陣したが、両者ともに退いた。1600年の関ヶ原の戦いで、南条氏は、西軍に属して、没落した。
年表
- 1366年南条貞宗が、築いたと伝わる
- 1562年毛利氏が尼子氏を滅ぼし、南条宗勝が羽衣石城に復帰する
- 1579年南条元続が、毛利方に背き、羽柴方につく
- 1600年関ヶ原の戦いで、南条氏が没落する
歴代城主
- 1366〜南条貞宗
築城したと伝わる
- 1562〜1575南条宗勝
毛利氏の尼子攻略後に復帰した
- 1575〜1600南条元続
毛利方に背き、羽柴方についた
見どころ
- 山城の遺構
- 南条氏の城
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「羽衣石城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Ueshi castle tenshu.jpg(by Monado / CC BY-SA 2.5)





