たまなわじょう

玉縄城

全国の城特別緑地保全地区関東・神奈川県
玉縄城
写真: つゆつき /CC BY-SA 4.0 /Wikimedia Commons

神奈川県鎌倉市にあった城。北条氏の重要な支城で、堅城として知られた。

歴史

玉縄城は、神奈川県鎌倉市にあった平山城で、甘縄城とも呼ばれる。1512年に、伊勢盛時(北条早雲)によって築かれたとされる。それ以前から、砦か小城があった可能性も考えられている。相模の三浦氏と争った盛時は、鎌倉の入口にあたる、この地に城を築いて、三浦氏攻略の拠点とした。

北条氏の時代には、一門の重要人物が、城主に置かれた。初代の氏時は、1531年に急逝し、氏綱の実子・為昌が、2代城主となった。玉縄城は、堅城として知られ、1526年に、足利義明に呼応して、鎌倉に攻め入った里見義豊の軍勢を、撃退したとされる。

1590年の小田原征伐では、城主の北条氏勝は、山中城の守備についていたが、落城が迫り、責任をとって自害を考えた。しかし、弟の北条氏規らに説得され、降伏し、玉縄城も開城した。徳川氏の時代には、玉縄に、陣屋が置かれた。

城跡は、特別緑地保全地区として、緑が残る。

年表

  • 1512年伊勢盛時(北条早雲)が、築いたとされる
  • 1526年里見義豊の軍勢を、撃退したとされる
  • 1590年小田原征伐で、北条氏勝が降伏し、開城する

歴代城主

  1. 1512〜1531
    北条氏時

    初代城主。北条氏の一門

    後北条氏の家系図 →
  2. 1531〜1542
    北条為昌

    氏綱の実子。2代城主

    後北条氏の家系図 →
  3. 〜1590
    北条氏勝

    最後の北条氏の城主。降伏した

見どころ

  • 城跡の緑地
  • 鎌倉を守った要害

地図

出典

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