大阪府高槻市にあった城。高山右近が城主を務めたキリシタンの城下町。
歴史
高槻城は、大阪府高槻市にあった城で、990年に、近藤忠範が、久米路山と呼ばれる小丘に築いたのが、始まりとされるが、確証はない。文献での初見は、大永年間で、その後、1553年に、三好長慶が、芥川山城に入った頃には、高槻城は、その支城となり、入江春継が城主となっていた。
1569年の、本圀寺の変で、入江春継は、三好三人衆と行動を共にして、15代将軍・足利義昭の屋敷を襲撃したが、敗れて自害し、入江氏は滅びた。その後、和田惟政が城主となり、和田氏の死後、1573年に、高山友照・右近の父子が、城主となった。高山右近は、キリシタン大名として知られ、城下には、教会が建てられた。
1582年6月の本能寺の変で信長が討たれると、豊臣秀吉が、大坂城の築城に着手し、右近は、1585年に、船上城(明石)に転封された。1615年に、内藤信正が城主となり、1617年には、土岐定義が入って、高槻城は、近代的な城に改修された。その後、永井氏が、13代にわたり、高槻城主を務めた。
城跡は、公園となり、高山右近の像や、キリシタンの遺跡が知られている。
年表
- 1553年三好長慶が、芥川山城に入る。高槻城は支城となる
- 1573年高山友照・右近の父子が、城主となる
- 1585年高山右近が、明石の船上城に転封される
- 1617年土岐定義が、城を近世城郭に改修する
歴代城主
- 1553〜1569入江春継
三好氏に従った城主
- 1569〜1571和田惟政
足利義昭の家臣。城主となった
- 1573〜1585高山右近
キリシタン大名。城下に教会が建てられた
- 1649〜1871永井氏
13代にわたり、高槻藩主を務めた
見どころ
- 高山右近像
- 城跡公園
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「高槻城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: 高槻城4.jpg(投稿者が撮影 / Public domain)



