岐阜県大垣市にあった城。木下藤吉郎(秀吉)が、一夜で築いたという伝説で知られる。
歴史
墨俣城は、岐阜県大垣市墨俣町にあった、戦国時代の城である。築城の時期は、はっきりしない。長良川の西岸の洲股(墨俣)の地は、交通上、戦略上の要地で、戦国時代以前から、しばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。
1561年、ないし、1566年の、織田信長による美濃侵攻にあたって、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が、わずかな期間で、この地に城を築いたと伝えられる。これが、「墨俣一夜城」の伝説である。ただし、一次史料には、確かなことは、書かれていない。
墨俣城が、史料に最後に名を残すのは、1584年4月で、小牧・長久手の戦いを目前にして、美濃を支配していた池田恒興の家臣、伊木忠次が改修したという記録である。その後、城は、廃されたと考えられる。現在の天守風の建物は、1991年に建てられた歴史資料館である。
年表
- 1561年木下藤吉郎が、墨俣に築城したと伝わる(1566年とする説もある)
- 1584年小牧・長久手の戦いを前に、伊木忠次が改修したという記録が最後
歴代城主
- 1561〜木下藤吉郎(豊臣秀吉)
わずかな期間で築いたと伝わる
- 1584〜伊木忠次
池田恒興の家臣。改修した
見どころ
- 一夜城の伝説
- 墨俣一夜城(歴史資料館)
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「墨俣城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: 墨俣一夜城 歴史資料館.jpg(The original uploader was Monami at Japa / CC BY-SA 3.0)





