愛知県名古屋市緑区にあった城。桶狭間の戦いの前後に、松平元康(徳川家康)が兵糧を運び入れた。
歴史
大高城は、愛知県名古屋市緑区にあった城で、築城の年代は、はっきりしないが、南北朝期に、池田頼忠が城主を務め、永正年間には、水野氏が居城としたことが知られる。天文年間も、水野氏が治めたが、織田信秀の支配下にあった。
1548年に、今川義元の命で、野々山政兼が、この城を攻めたが、落とせなかった。しかし、信秀の死後、息子の信長から離反した、鳴海城主の山口教継の調略で、大高城は、沓掛城とともに、今川方の手に落ちた。この脅威に対して、信長は、大高城の周囲に、丸根砦・鷲津砦などを築いて、包囲した。
翌1560年、大高城の包囲は、破られ、鵜殿長照が守備についた。5月18日の夜、大高城に、松平元康(のちの徳川家康)が、兵糧を届け、長照に代わって、城を守った。翌日の、桶狭間の戦いで、今川義元は討たれ、大高城は、まもなく廃城となった。
その後、尾張藩の家老、志水家が、1616年に、ここに館を設け、代々住んだ。館は、1870年に、売却された。
年表
- 1548年今川義元の命で、野々山政兼が攻めるが、落とせなかった
- 1560年桶狭間の戦いの前夜、松平元康が、兵糧を運び入れる
- 1616年志水家が、ここに館を設ける
歴代城主
- 水野氏
戦国時代の、城主の一族
- 1560〜1560松平元康(徳川家康)
桶狭間の戦いの前後に、大高城を守った
見どころ
- 桶狭間ゆかりの城
- 大高城跡
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「大高城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Ruins of Odaka Castle (Honmaru) 02, Odaka-cho Midori Ward Nagoya 2014.jpg(Tomio344456 / CC BY-SA 4.0)





