愛媛県四国中央市にあった城。伊予・讃岐・阿波の境に近い要衝。
歴史
川之江城は、愛媛県四国中央市にあった城で、城山に築かれ、伊予・讃岐・阿波の境に近い要衝にあった。南北朝時代に、南朝方の武将であった河野氏の砦の一つとして、土肥義昌が、1337年に築いたとされる。
河野氏の所領になったのち、妻鳥友春が城主となったが、1572年に、三好氏配下の薦田大和守の攻撃を受けた。1585年6月16日に、豊臣秀吉の四国平定軍が四国へ侵攻を開始すると(四国攻め)、川之江城も、豊臣軍の攻撃を受けて、落城した。
江戸時代の1636年に、一柳直家が、川之江藩を立藩し、城を再築しようとしたが、1642年に死去し、領地は収公されて、以後の川之江は、天領となった。城は、その後、廃されたとみられる。現在は、城山公園として整備され、天守風の建物が建てられている。
年表
- 1337年土肥義昌が、川之江城を築いたとされる
- 1572年三好氏配下の攻撃を受ける
- 1585年四国攻めで、落城する
- 1636年一柳直家が川之江藩を立藩する。のち、天領となる
歴代城主
- 1337〜土肥義昌
築城したとされる
- 〜1585妻鳥友春
河野氏に属した城主
- 1636〜1642一柳直家
川之江藩の初代藩主
見どころ
- 山城の遺構
- 復興された天守風の建物
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「川之江城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Kawanoe Castle001.jpg(Toto-tarou / CC BY-SA 4.0)





