広島県福山市にあった城。古城山と黄葉山の二つの城から成り、毛利・水野氏が治めた。
歴史
神辺城は、広島県福山市神辺町にあった、南北朝時代から江戸時代初期にかけての城で、古城山の城と、黄葉山の城から成る。古城山の城は、高屋川に隣接する丘陵上の、小規模な城で、『備後古城記』によると、1335年に、備後守護職に任じられた朝山次郎左衛門尉が、築いたとされる。
黄葉山の城は、1443年に、山名氏によって築かれたとされ、当初の規模は、よくわかっていない。その後、戦国時代を通じて、山名氏、大内氏、毛利氏らの争奪の場となった。毛利元康は、1598年に、神辺城から南の海辺に、新たな城(王子山城)を築いて移った。しかし、1600年の関ヶ原の戦いの戦後処理で、元康の領地は、福島正則のものとなった。
のち、江戸時代には、福山藩の水野勝成が、福山城を築き、神辺城は、福山藩の支城として、使われた。備後の要衝である、神辺は、のち、儒学者の菅茶山の黄葉夕陽村舎でも知られる。
年表
- 1335年朝山次郎左衛門尉が、古城山に築いたとされる
- 1443年山名氏が、黄葉山に築いたとされる
- 1598年毛利元康が、王子山城を築いて移る
- 1600年関ヶ原の戦いのあと、福島正則の所領となる
歴代城主
- 1443〜山名氏
黄葉山の城を築いたとされる
- 〜1598毛利元康
神辺城から、王子山城に移った
見どころ
- 黄葉山の城跡
- 菅茶山の里
出典
- Wikipedia「神辺城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Kannabe.JPG(Carpkazu / CC BY-SA 3.0)
