山梨県大月市にあった山城。小山田氏の居城で、武田勝頼が頼ろうとしたと伝わる。
歴史
岩殿山城は、山梨県大月市にあった山城で、標高634メートルの岩殿山に築かれた。甲斐国都留郡の国衆、小山田氏の居城とされ、戦国時代には、東国の城郭のなかでも、屈指の堅固さで知られた。桂川と葛野川の合流点の西側にあり、頂上の南側直下には、高さ約150メートルの、鏡岩と呼ばれる礫岩の崖が露出している。
岩殿山には、806年の開創と伝わる、天台宗の円通寺があり、山全体が、信仰の場であったことも、城の背景にある。武田氏の家臣、小山田氏が、都留郡を治め、その詰の城として、岩殿山が用いられた。
1582年に、織田信長の甲州征伐で、武田氏が追い詰められると、小山田信茂は、勝頼を、岩殿山城に迎えると申し出たが、のちに、これを翻したとされる。勝頼は、天目山で自害し、武田氏は滅亡した。城は、その後、廃された。
現在は、山頂から、富士山が望め、山梨百名山にも選ばれている。
年表
- 806年円通寺が開創されたと伝わる
- 1582年武田氏の滅亡。小山田信茂が、勝頼を裏切ったとされる
歴代城主
- 〜1582小山田氏
都留郡の国衆。岩殿山城を、居城とした
- 〜1582小山田信茂
最後の当主。武田勝頼を、迎えると申し出たとされる
見どころ
- 鏡岩の絶壁
- 山頂からの富士山
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「岩殿山城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: IwadonoYama2004.jpg(Kinori / Public domain)





