いわでやまじょう

岩出山城

全国の城史跡東北・宮城県
岩出山城
写真: Kumamushi /CC BY 3.0 /Wikimedia Commons

宮城県大崎市にあった城。伊達政宗が仙台城に移るまでの12年間、居城とした。

歴史

岩出山城は、宮城県大崎市にあった城で、もとは、岩手沢城と呼ばれた。1590年の小田原征伐のあと、豊臣秀吉は、奥州仕置を行い、旧葛西・大崎領の12郡を、木村吉清・清久の父子に与えた。しかし、検地や刀狩りへの不満から、葛西・大崎一揆が起こった。この一揆への関与を疑われた伊達政宗は、秀吉に無罪とされたが、翌1591年に、米沢から、葛西・大崎の旧領へ移封された。

移封に先立ち、奥州の検地を行っていた徳川家康は、岩手沢城に約40日間滞在し、その間に、城の縄張りや改修を行ってから、政宗に引き渡したといわれる。このとき、地名も「岩手沢」から「岩出山」に改められた。以後、仙台城が築かれるまでの12年間、この城は伊達政宗の居城となった(この時期、政宗は「大崎少将」を名乗った)。

岩出山は、奥大道の経路から外れていたため、1601年に、政宗は、仙台城を築いて移った。その後、岩出山城は、政宗の四男・宗泰を初代とする、岩出山伊達家が居住する要害となり、明治維新まで続いた。城内には、仙台藩の藩校の一つ、有備館が置かれた。有備館の建物は、現存する最古の藩校とされ、庭園とともに史跡に指定されている。

現在、城跡には、有備館のほか、曲輪の跡、土塁、大空堀、堀切、石垣を伴う虎口が残る。

年表

  • 1590年奥州仕置のあと、葛西・大崎一揆が起こる
  • 1591年伊達政宗が、米沢から移り、家康の手を経て、岩手沢城が「岩出山」と改められる
  • 1601年政宗が、仙台城を築いて移る
  • 明治維新岩出山伊達家が、城を居所とし続ける

歴代城主

  1. 1591〜1601
    伊達政宗

    居城とし、この間、「大崎少将」を名乗った

    伊達氏の家系図 →
  2. 伊達宗泰

    政宗の四男。岩出山伊達家の初代

    伊達氏の家系図 →

見どころ

  • 有備館(現存最古の藩校)
  • 大空堀

地図

出典

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