宮城県大崎市にあった城。伊達政宗が仙台城に移るまでの12年間、居城とした。
歴史
岩出山城は、宮城県大崎市にあった城で、もとは、岩手沢城と呼ばれた。1590年の小田原征伐のあと、豊臣秀吉は、奥州仕置を行い、旧葛西・大崎領の12郡を、木村吉清・清久の父子に与えた。しかし、検地や刀狩りへの不満から、葛西・大崎一揆が起こった。この一揆への関与を疑われた伊達政宗は、秀吉に無罪とされたが、翌1591年に、米沢から、葛西・大崎の旧領へ移封された。
移封に先立ち、奥州の検地を行っていた徳川家康は、岩手沢城に約40日間滞在し、その間に、城の縄張りや改修を行ってから、政宗に引き渡したといわれる。このとき、地名も「岩手沢」から「岩出山」に改められた。以後、仙台城が築かれるまでの12年間、この城は伊達政宗の居城となった(この時期、政宗は「大崎少将」を名乗った)。
岩出山は、奥大道の経路から外れていたため、1601年に、政宗は、仙台城を築いて移った。その後、岩出山城は、政宗の四男・宗泰を初代とする、岩出山伊達家が居住する要害となり、明治維新まで続いた。城内には、仙台藩の藩校の一つ、有備館が置かれた。有備館の建物は、現存する最古の藩校とされ、庭園とともに史跡に指定されている。
現在、城跡には、有備館のほか、曲輪の跡、土塁、大空堀、堀切、石垣を伴う虎口が残る。
年表
- 1590年奥州仕置のあと、葛西・大崎一揆が起こる
- 1591年伊達政宗が、米沢から移り、家康の手を経て、岩手沢城が「岩出山」と改められる
- 1601年政宗が、仙台城を築いて移る
- 明治維新岩出山伊達家が、城を居所とし続ける
歴代城主
見どころ
- 有備館(現存最古の藩校)
- 大空堀
地図
出典
- Wikidata(座標)(CC0) / 取得日 2026-10-01
- Wikipedia「岩出山城」(参照)(CC BY-SA 4.0) / 取得日 2026-10-01
- 写真: Iwadeyama28Oct07.jpg(Kumamushi / CC BY 3.0)





